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最高裁判所第一小法廷 昭和40年(あ)1228号 決定 1966年11月10日

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人井出雄介の上告趣意は憲法三一条違反をいう。

しかし、原判決ならびにその是認する一審判決は、その判文からみて、起訴状に公訴事実として記載されていない被告人石山保男の単独の姦淫行為を、余罪たる犯罪事実として認定しこれを処罰する趣旨で重く量刑したものではなく、同被告人の他の共同被告人らとの共同の姦淫行為である犯罪事実に至る経過または情状として判示したものに過ぎないと解するのが相当である。

また被告人篠田武嗣については、同被告人に被告人石山の単独姦淫行為の刑責を負わせたものと認めがたいことは、一審判決および、原判決の判文上明らかである。

従って、原判決にはなんら違法はなく、所論違憲の主張はその前提を欠き、上告適法の理由に当らない。

よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により主文のとおり決定する。

この決定は、被告人石山保男に関する部分につき、裁判官岩田誠の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

被告人石山保男に対する関係についての裁判官岩田誠の反対意見は次のとおりである。

原判決が是認した第一審判決が、起訴状に摘示されていない被告人石山保男が単独でAを強姦した事実についてもこれを罪となるべき事実として判示していることは所論のとおりである。しかし右第一審判決によれば、被告人石山の右犯行中これを見付けた被告人篠田武嗣ほか四名も犯意を生じ被告人石山を含む全員互に意を通じあい交互に暴行を用いて各自同女を姦淫したものであるというのであるから、被告人石山の単独の強姦と同被告人のその余の五名との共同の強姦とは、同一の機会に同一婦女に対し時を接して行われたもので、いわゆる包括一罪をなすものとして公訴事実の同一性を害することはないから、訴因変更の手続を経さえすれば(但し記録によれば本件では右訴因の変更を命じた事実は存しない)、裁判所は右共同の強姦のほかに、起訴状に記載のない被告人石山の単独の強姦を認定したからといって、不告不理の原則に反するものということはできない。

しかしながら、本件被告人らの犯行については捜査の当初被害者の実父より告訴がなされていたが本件公訴提起の前日に右告訴は適法に取り消されていること本件記録に徴し明らかである。してみれば右被告人石山単独の強姦については適法な告訴を欠くこととなる。さればこそ検察官は、親告罪ではない被告人石山ほか五名による共同強姦のみを起訴状に記載したものと解せられる。被告人石山単独の強姦と被告人ら六名の右共同強姦とはいわゆる包括一罪をなすことは前記のとおりではあるが、包括一罪とはいっても単純な一罪とは異り右単独の強姦と右共同の強姦とは、本来それぞれ行為を異にし、それぞれ各犯罪を構成し、ただ同一犯人により同一の被害者に対し同一機会に犯されたことにより法律上一罪と評価されるに過ぎないものであるから、右包括一罪の一部が親告罪であり、しかも告訴のない場合は、裁判所はこの告訴のない部分については審理判決することは許されないと解すべきである。本件第一審判決は所論の如く「被告人石山保男は、……同日午後一二時頃同女(A)が独り……自宅に帰ろうとするや、その後を追尾して同家庭先において、同女を捕え同女を姦淫しようと企て、後方より右腕で同女ののど辺を扼し、左手でその手首を掴んで同所より一〇数米北方の……浅間神社境内に連れ込み同所において同女を仰向けに押倒し、その上に乗りかゝってその反抗を抑圧したうえ強いて同女を姦淫中……」と判示しているのであるから、右判示は正に被告人石山が単独でAを強姦した犯罪事実を認定判示したものであって、これをもって、単に被告人石山が被告人篠田武嗣ほか四名と共同して、同女を強姦するに至った事情ないし情状を判示したに過ぎないものとは到底解することはできない。そうだとすれば、本件第一審判決は少くとも告訴を待って論ずべき罪について、告訴なくしてこれを処断した違法があるものであり、この第一審判決を是認した原判決も亦同様の違法あるものといわなければならない。そして右違法は被告人石山に対する原判決に影響を及ぼすこと明らかでこれを破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。よって刑訴法四一一条一号四一三条本文により原判決および第一審判決中それぞれ被告人石山に関する部分を破棄し同被告人に対する本件を第一審裁判所に差し戻すべきものである。

なお被告人篠田武嗣の上告はこれを棄却すべきことは多数意見のとおりである。

(裁判長裁判官 長部謹吾 裁判官 入江俊郎 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田 誠)

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